[IT'S NOT] WORLD'S END

プロ診断イエベ秋ウェーブのよわいおたくがカッコイイを目指して一生懸命生きています。

自分の話をします

南条あやという人物をご存知でしょうか。

わたしが彼女を知ったのはほんの数年前でした。インターネット上で公開されている彼女の日記を読み、そのポップな語り口に反する劇薬のような苦しみを綴った日記に、わたしは衝撃とともに安堵を覚えたことを記憶しています。ポップに見えるのは彼女の巧みな文章力なのだと思うのだけれど、内容は決して明るいものなんかじゃありませんでした。それでもわたしは彼女の言葉ひとつひとつに、少しずつ固まった心を溶かされていったように感じました。

 

彼女を知ったのは、彼女が亡くなってからのことです。彼女はわたしの6歳の誕生日に自ら命を絶ったのだから、当然のことなのだけれど。

 

それからもう一人、二階堂奥歯という人物をご存知でしょうか。

南条あやちゃんと同様に、インターネット上に公開されている彼女の日記を読み、その世界の深さと言葉選びの秀逸さに心を打たれ、読みふけったのが数年前のこと。溢れ出るような彼女の感性の中で紡がれた言葉ひとつひとつがすべて毒のように脳を甘ぁく侵食していったのを覚えています。

 

彼女を知ったのは、やはり彼女が亡くなってからのことです。彼女はわたしの10歳の誕生日に記録されている中では最初の服薬自殺を図りました。それは失敗に終わったのだけれど、そのおよそ一か月後に投身により命を絶ちました。自分の意思に基づき、高い場所から彼女の世界を投げうったのでした。

 

この2018年3月30日、わたしは25回目の誕生日を迎えました。

わたしはあやちゃんが生きなかった17年を生き延び、わたしはこれから奥歯さんが知らない季節を生きます。25歳。あまりにも過去も未来も今も知らなさすぎる四半世紀。歳をとるたびに思うけれど、25歳って思っていたよりも子供だなあと感じる次第です。あやちゃんも奥歯さんも、わたしが過ごしてきた同年代をもっと深く多くのことを感じて過ごしてきたんだろうなと思います。

 

わたしが今生きているのは、やっぱり「愛してきたものに救われた」からなんだろうなって思います。あやちゃんと奥歯さんのことは分からないけれど、少なくともわたしはわたしが今生きてくるだけ救われてきたんだって自覚しています。

わたしも何度も、しんでしまいたいって思ったことがありました。いろんなことに挫折しては自己嫌悪、いなくなりたい、でもそんな勇気もなくのうのうと今日を過ごしています。そのうち諦めるのが上手になってしまって、何をしても報われない虚無感にさいなまれたのがこのしばらくの間。

小学生のころ。学校に行くのが嫌になって、ただ覚えたての「しにたい」を母に行ったことがあります。そのとき母は、驚くほど怒っていたのを覚えています。滅多に怒らない母が声を荒らげて「そんなこと言うんじゃない」と泣きながら怒っていたのを覚えています。何も返せなくて、ただ泣き喚いた記憶があります。

大学生のころ。どうしようもなくつらかったときに、母にまた「しにたい」って言ったことがあります。今度の母は柔らかく笑って、「あなたは死にかけたことがないものね」と言いました。わたしが本当にそう思っていないって、たぶんわかってたんだと思います。母はこれまで何度か病気で死にかけたことがあります。生きることを諦めたこともあるって、そのとき話してくれました。母が幼い時、大人になってから、そしてわたしが小学生のとき。当時は何もわかっていなかったけれど、ずっと「ただの貧血だ」と言われてきたけれど、そのときはじめて本当のことを聞きました。

明日を願った人がいるのに無駄にするな、ということが言いたかったんじゃないと思います。ただ、まだ分からなくて良いっていうことだったんだと思います。

 

わたしは今でもしにたいと思うことがあります。

わたしはあまり精神的に強い方ではないです。強い言葉は自分の脆い精神を守るためのトゲです。そのトゲをまあるく削って、精神を支える柱を作る材料をくれたのが、わたしが「愛してきたもの」と「信じてきたもの」でした。大好きなバンド、俳優さん、舞台、映画、国、食べ物、コスメ、友人、家族、恋人。まあ、たまにいまだにトゲを生んでるときもあるんですけども。正しく機能していた家族とは言い難いんですけれども、少なくとも死ぬことを思いとどまる程度には機能していたと思います。

特に恋人は当然ですが、バンドと俳優くんにはとても感謝しています。わたしは彼と彼女が未来を約束してくれるからそれまで生きているようなものなのです。「新しい景色をたくさん見せてください」って言えば、次の告知が待ってるんです。それがわたしにとってどれほど救いになっているか。真っ暗で何も見えない明日だけれど、数か月先の希望の灯はほわんと浮かんでいるように見えるのです。恋人は「生きていてよかったな」って思わせてくれる一方で、バンドマンや俳優くんがいるから、またわたしのゴールが自然と先延ばしになるんだなって思いました。

 

先日行った病院で、薬の副作用である血栓の可能性があると言われて、ちょっとだけ恐怖を感じました。生まれて初めて現実味を帯びた死は、思っていたよりもずっと暗く深いものに見えました。自分のことは嫌いなままだけれど、わたしは死を怖いと思えるんだっていうことに驚きました。いまだに長生きしたいと思えないのですが、とりあえず生きられるだけ生きてみようかなとやや前向きになれたのは最近の進歩です。

ちなみにわたしに自傷行為はできません。痛いのは嫌なのです。せいぜい爪を噛む程度です。

わたし、自死するときは一瞬で逝けるものがいいなって思ってるんです。一秒でも迷ってしまったら手が止まるし、怖いし、苦しいから。だからたぶん、わたしは自ら命を落とすことはきっとないんだろうなと思います。明日が来ることがどれほど怖いと感じていても、わたしはわたしにとって、その恐怖が死を超えることはないんじゃないかなあと思っています。奥歯さんが「人間が恐怖で死ねたらいいのに」と言っていたけれど、そうなったらたぶんしんじゃってるかな。わかんないや。

 

心が弱いのは、つらいと喚くだけ喚くけれどの死ぬことすらできないわたしの方だ。

 

でも生きている。だから生きている。死ぬこと自体が怖いこともあるけれど、それを通じてすべてを失うことが怖いから。「難しい」「大変」を「生命の危機から回避する」ための感情なのだとしたら、生きているそのこと自体が一番難しいよね。だって人はいずれ死ぬんだから。生きることって矛盾だらけです。生きているだけでも一番難しいことを成し遂げているんだから、すげえなあって最近ちょっと感じている次第です。

 

 25歳ってとんでもねえなと思って書き始めたら思ったよりも重い話になってしまった。ふと、ああまた一年生き延びたんだなあと思って、あやちゃんのことを思い出したので。長くて暗くて寒い冬が終わって、最近のわたしはとても調子がいいです。しばらくメンクリ行こうか悩んだんですが桜が咲いたら鬱屈とした気分が晴れてしまって不思議。毎年この時期は露骨に調子がよくなるから春って好き。今朝起きたら恋人からの山のようなメッセージに起きて早々笑ってしまって、ああ、今年も生きていてよかったなって少し思った。久しぶりに、ちょっとだけさびしくもあった。恋人が送ってくれた小包は11日経過した今でもミラノを出発しませんが、まあ物は後でいいんですわ。

 

今年は少しだけ花が咲くのが早かったから、この致死量の蕩けそうな気持ちを葉桜の景色に溶かします。

 

まだシンプルな感情で生きられるほど勇気はないんだけれど、また一日、散々だった今日を嘆いてちょっとだけ泣いても、愛し信じてきたものとともに一寸の先も分からない明日を作る毎日を過ごしていこうと思います。わたしはまだ、この先の景色を一緒に見たいと思った人がいるんだ。

翔んで淡い紅色に溶けた春の日 あなたが知らない季節を行く。

 

こうしてわたしは季節を過ごし、きっとまた「ああまた生き延びちゃったなあ、でも生きてきてよかったな」って笑いながら、26回目の誕生日を迎えるでしょう。

 

推し俳優くんが出る「シラノ・ド・ベルジュラック」、日生劇場にて5月下旬より開幕です。どうぞよろしくお願いいたします。宣伝。演出助手の方が今までで一番好きな舞台を作り上げた方なので二重で楽しみ。

トークイベント行くんですけど、ホテルでやられるとお洋服どうしていいかわからんです。きれいめなワンピースにパンプス、小さいショルダーでいいかな?

www.tohostage.com

 

 

おわり。