[IT'S NOT] WORLD'S END

明るく楽しく元気よく平和に遠距離5年目。プロ診断イエベ秋。たのしいことが好き。

出会った頃の話をします

恋人とはもう四年半ほどの付き合いになる。友人だった時期を含めてやっと五年行かないくらい。友達でいる時間はそれほど長くなかった。

友達に誘われて行ったフィレンツェの日本祭り的なイベントで、その友達が「日本好きな子がいるから」と呼んだのが彼だった。

わたしはそこそこおたくで、わざわざアニメの評論まではしないけれど、一期あたり3~4つは見ている程度にはおたくだ。でも、彼はわたしが想定していたよりもおたくだった。とくにわたしも好きだった西尾維新の「物語シリーズ」が好きだったので、会話の共通項が多かったわたしたちは、当たり前に親しくなった。その時一緒にいた別の日本人の友達を交えて、何度か遊びに行った。一回その友達が寝坊してこなかったことがあって、二人で遊んだのはそれが初めてだった。

わたしはもともと会話することが苦手なので、とりあえずしゃべっている彼の相槌を打っていた記憶しかない。むこうは当たり前にイタリア語で話す。わたしは留学し始めて3か月経ったころだったので、理解できないことはないが、学校の先生に比べて速いから、やっぱりわからないこともあった。でも「わからない」って言えばちゃんともう一回言い方を変えて言ってくれた。それでもわからなければ理解できるまで「この単語はわかる?」と聞きながら話してくれた。優しいなあと思った。何というのだろう、忍耐強い。あとちょっと行動が適当。わたしも几帳面ではないし、どちらかというと呑気な方だったから、その雑なリズム感が心地よかった。でもさすがに道に生えてる木に実っている果実をそのまま食べたときはびっくりした。あと、単純に顔面が好きだった。言うなればエディ・レッドメインさんに似ているなあとわたしは思っている。し、ファンタスティックなんちゃらが公開された時、友達にも言われたらしい。イタリア人っぽくなくて、比較的薄顔で穏やかな顔つきをしている。

穏やかでよくしゃべって優しい彼が好きになっていた。粘着質のストーカー体質なので、彼のfacebookはくまなく見た。元カノの写真があったけれど、投稿を見ている限り元カノだってわかったので安心していた自分に気付いてしまった。でもどうせ数か月後には遠距離になっちゃうし、と思って、なるべく近付きすぎないようにしていた。

友達が来なかった日から数日後、彼から二人で夜にでかけないか、という誘いがあった。もうなんでもいいや、と思って、わたしは了承した。

 

 わたしがいたシエナには、Corte dei Miracoliという場所がある。ツイッターのbioによると

centro di culture contemporanee

Corte dei Miracoli (@Corte_Mir_Siena) | Twitter

直訳すると、現代文化センター。なんのこっちゃって感じだけれど、非営利団体であり、文化的組織である。まあでも場所を観た感じのイメージとしては、日本でイメージするライブハウスみたいなものだ。わたしが行ったときは、ニルヴァーナのコピバンが演奏していた。

午後何時だっただろうか、薄暗い時間、わたしは彼に連れられてここにたどり着いた。チケットはなし。そこにいた唯一のアジア人だったから、好奇の目で見られながらもわたしか彼にくっついて中に入った。もともとライブハウスに週一で通っていた人間からしてみれば、大した抵抗感もなく、まあ、ちょっとだけ挙動が怪しい人もいたけれど、「ステージを観ればライブハウスなのに、フロアはライブハウスっていうかクラブっぽいなあ、行ったことないけど」とか、「音がわるいなあ」くらいにしか思わなかった。わたしの感想はともかくとして、娯楽の少ないシエナで、若者が夜にたむろする場所としては十分すぎるほど機能していた。彼も「これくらいしかこの街には楽しみがないから」と言っていた。ガレージな環境が相まってかはわからないが、ニルヴァーナはやっぱり人気だった。

 

そこで数時間ステージを観たり、近場に出て軽く飲んだり*1したら、気付けば終バスの終わった時間になっていた。当時住んでいた学生寮は旧市街地からバスで10分かからないほどのところにあり、さすがの田舎町なので、帰るためには遅くても10時ごろには乗らないと終わってしまうのだ。ああー。まあでも歩いて帰れないこともないしいいかー。わたしはそう思って、バスのことは気にしないことにした。

少しだけ中弛みというのだろうか、飽きつつあったわたしを見たのか、彼はそこからわたしを連れ出して、高台にある公園に来た。空が良く見えた。星が光っていた。下を見ると、申し訳程度の夜景。彼は「どうだった?」と少し心配そうな顔をしていたので、「ライブはよく観に行っていたから、たのしかったよ」と答えた。わたしは自分のipodを彼に見せながら、普段こういう音楽を聴いてるんだよっていう話をした。すこしだけ距離を近く感じたけれど、見せるためなんだって言い聞かせてなにも知らないふりをした。あまり洋楽は聴かないのだけれど、ニルヴァーナは好きで結構聴くんだっていう話をした。

 曲が終わって、しんとした空気が残った。そこからのことは、正直あまり覚えていない。浮かされていたような、そんな感覚ばかりが頭に残っている。ただ確かなのは、確実にこの日が、わたしたちにとって境目になる日だった。言葉にはしなかったけれど、友達なんかじゃ収まりきらない関係になったのは、あの夜だ。自分以外の熱に火照る脳で、「告白がないって本当なんだな」なんて考えていた。

 

恋人として彼の隣に立ってみたら、彼は思っていたよりも幼い人だった。数日後にあった国際女性デーではなぜか薔薇の花*2を一輪プレゼントしてくれたが、あまりにも茎が長くて*3持ち運ぶのに手間取った。待ち合わせでお花渡される人って、あれどうしてるんですか。手が埋まることが嫌いなわたしは、嬉しいけれど正直この長さは邪魔だなとか思いながら*4カバンにブッ刺したけど、なにかにかざった拍子に花が落っこちてめちゃくちゃ笑ってしまった。落ちたお花を見て、彼はちょっとしょんぼりしてた。次からは持ち運ぶことを考えて買うねって言っていたが、あれから花ではなくて実用的なものをもらうようになった。 

 

イタリアと日本をお互いに行き来しつつ、わたしたちは未だに一万キロほど離れた関係を続けている。わたしよりも彼の方がよっぽどマメで、何か理由もなく連絡を途絶えさせたことはなかった。めんどくさがりのわたしにはありがたいことだ。

遠距離恋愛」の定義が物理的な距離をもとにしていようと経済的な距離をもとにしていようと、わたしたちの関係は遠距離恋愛以外の何物でもない。慣れるとは言ったものの会いたいときに会えないのは辛くないわけがないし、若者の失業率が30%を超える国で、経済学や工学・医学系ではない彼は期間雇用の仕事を見つけることすら一苦労で、決して明るい未来があるとはわたしは思っていない。かと言ってわたしが向こうに行ったところで、それはそれで危険が多すぎる。その覚悟はできているし、っていうかその覚悟なしにこの関係を始めるほどわたしは馬鹿じゃない。その可能性は0ではない、とは思っている。

いまわたしは日本で安定した収入を持ちながら暮らせているので、バイトでもいいからとりあえず収入を得られれば、二人で生きることくらいはできる。なので、いまのところ、彼がこっちに来る方向で話を進めている。それ以降のことは、その時になってみないとわからない。不安はある、というか、不安しかない。でも、あの日、自分でわかっていながらこうなることを選んだのはわたしだ。遠距離なんてしたことなかったし、今まで同じコミュニティの人としか付き合ったことがなかったし。

 

この年になるとぼちぼち結婚し始める友人も増えてきたり親族に急かされたりして若干焦りはするものの、その焦りは彼を責めるだけだし、わたしたちはわたしたちのペースがあるんだし、そんなに重く考えなくていいんだよな、なんて思っている。

 

本音を言うと、いつも顔を見るたびに別々にならなくちゃいけないことが頭をよぎってさびしくなるし、さよならのたびに次に会えることを約束したい。でもそんな気持ちもぜんぶ君が掬ってくれるなら、こぼしてしまおうと思えた。優しいから困らせちゃうかもしれないとも思ったけれど、「困らせたくない」よりも、「ちゃんと受け止めてほしい」って思った。だからまだわたしは彼といることを選んだ。

 

先日イタリアから帰る時に、フィレンツェのアメリゴ・ヴェスプッチ空港のベンチで並んで座りながら、「初めて別れ別れになったときも、ここだったね」っていう話をした。あのときから4年近く経つ。少しずつ、お互いに未来のことを考えるだけの余裕ができた。ただ好き合うだけの関係じゃない。時間はかかっているけれど、わたしはそれだけかけた時間の先に、彼がいるわたしの未来があってほしいと強く願っている。

 

 

 

 

 

まああんまりのんびりしていると、70歳で安らかに痛みもなく死ぬっていう予定が崩れちゃうな。そこはどうにかしないとな。

 

おわり。

 

 

*1:お酒ダメなことは言ってあるので、わたしはジュースだったけど

*2:そこはミモザだろと思いつつ

*3:たぶん50cmくらいあった、茎だけで

*4:この突拍子のなさがわたしの予想をひょいっと跳び越えていくから好きだったりするのだけれど